最高裁判所第二小法廷 平成3年(行ツ)22号 判決 1991年6月28日
東京都板橋区板橋一丁目四七番一一-二〇五号
上告人
有限会社日本ディスク・スペース
右代表者代表取締役
永瀬憲治
右訴訟代理人弁護士
竹中英信
東京都立川市高松町二丁目二六番一二号
被上告人
立川税務署長 市川誠
静岡県浜松市砂山町二一六番地六
被上告人
浜松東税務署長 倉田外茂男
群馬県伊勢崎市鹿島町五六二番地の一
被上告人
伊勢崎税務署長 島野透
右三名指定代理人
小山田才八
右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第一四九号物品税決定処分等取消請求事件について、同裁判所が平成二年一〇月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人竹中英信の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分に違法な点はないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木崎良平 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也)
(平成三年(行ツ)第三二号 上告人 有限会社ディスク・スペース)
上告代理人竹中英信の上告理由
第一点 原判決には、判決に理由を付せず又は理由に齟齬があり、民事訴訟法第三九五条一項六号に該当する違法がある。
すなわち、原判決の引用する第一審判決の理由二4において、「本件物品は、いずれも物品税法旧別表第一一号の5の一其の他の電気楽器」に(昭和五九年四月一三日以降に移出した分については、物品税法別表一一号の5の一その他の電子楽器」に)当たるものというべきである。」と判示し、その前提として、同判決の理由二3において、本件物品が一般社会通念上楽器に該当すると判断しているが、本件物品が一般社会通念上楽器に該当するとの判断には理由不備又は理由齟齬の違法がある。
一 原判決は理由二3(三)において、「音楽を演奏する目的で制作された器具であるかどうかは、その制作者の主観的な制作意図ないし願望を顧慮することなく、その制作の目的を含めて当該物品の構造、機能、用途などに基づいて客観的に判断されるべきものといわなければならない」と判示するが、しかし、理由二3(一)及び(二)において判示された本件物品の構造、機能、用途に関する原判決の認定は、控訴審において提出された甲第六〇号証、甲第六一号証を看過して、上告人の作成した取り扱い説明書という、まさに制作者である上告人の主観的な願望を基に本件物品が詩吟の研修を離れ、一般的な楽音楽の演奏までできる器具として認定しているものであり、その理由に不備または齟齬がある。
二 原判決は、理由二3(四)(1)イにおいて、「仮に、詩吟、すなわち、漢詩に節をつけて朗吟すること自体が音楽に当たらないという前提に立つとしても、これが音楽的側面を有することは否定できないのであり、詩吟コンダクター及び邦楽コンダクターはその構造、機能上、詩吟そのものまたはその伴奏に用いられる一定の方法による音の組み合わせを演奏することができ、かつ、そのような用途を有するものであるところ、この演奏は一定の旋律とリズムを有し、聴覚を通じて美的感興をそそる作用を有するものであるから音楽の演奏にほかならない」と判示している。
しかし、
1 右判示は音楽の定義、演奏の定義、詩吟の定義に対する誤つた理解の基づく認定である。音楽とは音に関する人間の美的感情を中心として、それを具体的かつ客観的に表現した芸術で、それが観賞の対象になるべきものであり、作曲と演奏と観賞という三過程を具備することによつて完成されるものである。詩吟は漢詩を一定の節で朗吟するものであり、普通は無伴奏で朗吟するものである。人により宮音が異なり、宮音をつかまえることが難しい。伴奏は朗吟の音程を支えることが主たる目的であり、朗吟の効果を増すために使われることはあつてもその伴奏自体は観賞の対象ではない。
音楽は詩吟や謡曲など各種別ごとに作曲、演奏、観賞の三過程を具備しているのであつて、昨今、邦楽楽器と西洋音楽の合奏などの試みがなされているものの、詩吟の旋律や伴奏自体を本件物品や他の邦楽器で演奏して観賞するなどという音楽は試みられていないし、ましてや独立の音楽として確立してもいないのである。詩吟の旋律や伴奏はあくまでも詩吟のためのものである。これを詩吟、すなわち漢詩の朗吟と切り離して、音楽の演奏でありるという設定は、論理の飛躍であり、理由に不備または齟齬がある。
2 なお邦楽は、八木節など特殊なものを除いてリズムを有しないのであつて、詩吟の旋律や伴奏もリズムはないのであつて、事実を認定しているところがある。
三 原判決は、理由二3(四)(3)ウ末尾において、「本件物品は音楽を演奏することをその本質的な機能とし、このような機能を介して研修の用に用いられるものであることは前示のとおりであり、研修のための器具としての特有の機能をそれ自体の重要な特性として備えているものとはいえないのであるから本件物品の楽器性は否定できず」と判示する。しかし、理由二3(二)(1)アにおいて「本件物品が詩吟研修用として詩吟コンダクターが開発され、その後邦楽コンダクターへの改良を経て邦楽全般の演奏までできるように邦楽音階トレーナーが完成された-(以上、要約)」と認定している本件物品の開発の経過からは、本件物品が研修を本質とするものであることは明らかであり、その理由に不備または齟齬がある。
第二点 原判決の判断に判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があり、民事訴訟法第三九四条に該当する違法がある。
すなわち、原判決の引用する第一審判決の理由五1において、上告人に期限内申告書を提出しなかつたことにつき国税通則法六六条一項所定の「正当な理由」な理由があるものと認めるにはなお不十分である、と判断しているが、この判断は右「正当理由」の解釈もしくは適用を誤つたものである。
一 国税通則法六六条一項所但書の「正当理由」とは、同条に規定する加算税が税法上の義務の不履行に対する一種の行政上の制裁であることにかんがみ、このような制裁を課することが不当あるいは過酷とされるような事情をいい、単に納税者の法律の不知もしくは錯誤に基づくというのみではこれにあたらないが、必ずしも納税義務者の無過失までも要求するものではなく、諸般の事情を考慮して過失があつたとしてもその者のみに無申告の責めを帰することが妥当でない場合を含むものと解するべきである。
二 本件においては、上告人は音楽学の理論から詩吟の正しい音程の練習は研修であつて音楽の演奏ではないと考えていたこと。詩吟が音楽であるというのは一般的認識とは言いがたい実情であるので詩吟のための本件物品を楽器とは認識していなたつたこと。上告人が本件物品の制作を依頼している科学技研株式会社では電子オルガン等の楽器も制作しているが、その会社から物品税についての話はなかつた、本件物品の該当が問題となる第二種の物品は物品税法三条により物品の製造者を納税義務者としているから本件物品が楽器であるとの認識があれば物品税の納税義務者が上告人か科学技研株式会社かの話し会いがなされるはずであるが両者ともに楽器であるとの認識がなかつたために物品税は問題にもならなかつたこと、上告人は会社の経理から税務申告まで税理士に依頼しているがこの税理士からも物品税の指導は受けなかつたこと。管轄税務署から四、五年おきくらいに法人税の調査に係員が来たときにも物品税についての指導はなく、昭和五七年には板橋税務署の法人税担当の係員が上告人から本件物品の説明を受け、一台持ち帰つたことがあつたにもかかわらず、本件決定処分および賦課決定処分があるまで何ら物品税についての指導は受けていないこと。等の諸事情を考慮すると、右判決のように上告人発行の取り扱い説明書やパンフレツトの記載から本件物品が物品税の課税対象になることの可能性に思い至り税務官署の担当部署に問い合わせるなど慎重な調査を尽くす義務を果するのは納税義務者である上告人に無過失を要求するものである。上告人の主観においては本件物品の楽器性の認識がないのであるから慎重な調査をする動機が生じないのにこれを求めるのは極めて高度な義務の要求と言わざるを得ない。一般人としては税理士や担当部署を問わず税務署の職員から問題点を指摘されなければ何らの行動を起こさないのが通常であつて、右判決のように高度な調査義務を課してこれを怠り物品税の申告をしなかつたことを理由に期限内申告書を出さなかつたことに対する制裁を課するのは不当あるいは過酷な制裁である。
以上のとおり原判決は違法であり、破棄されるべきものである。
以上